福顔酒造(株)

地域 中越
代表銘柄 越後五十嵐川
住所
新潟県三条市林町1-5-38  Gooleマップを見る
URL
http://www.fukugao.jp

福顔酒造の初代である小林正次氏は「飲んだ人が福の顔になる旨い酒を造る」との志を持ち、1897年に創業しました。

三条市である地元の原料を使った酒を醸し、地域に愛されることを目標にしています。

ふくよかな旨味がある酒が特徴的な酒蔵です。

三条市の環境と特徴

 

新潟県三条市と言えば、全国的に「燕三条」で知られる金物の工場が密集する地区です。

世界的なスマホの部品から、調理器具や家電、さらにはジェット機や人工衛星の部品までも創り出す世界に誇る金物の一大工業地となっています。
有名企業ではアウトドア総合メーカーのスノーピーク、全国にホームセンターを展開するアークランドサカモト、総合家電メーカーツインバードなどがあります。

また磨きに特化した、磨き屋シンジケート、美を追求する爪切りメーカー、諏訪田製作所、包丁から日本刀迄も生み出す藤次郎(株)など個性的な企業も軒を連ねています。

また人気ドラマ「下町ロケット」のロケ地として起用され、肥沃な田園風景が撮影舞台となりました。

 

そもそもの町の起こりは、江戸時代の初め頃にさかのぼります。

当時、三条の中心を流れる五十嵐川が度重なる水害を起こしており、農民達は非常に苦労していたようです。

そこで当時の代官が江戸から釘職人を招いて、農家の副業として釘の製造を指導・奨励したことが起源となり、工業が発展していったと言われています。

 

その五十嵐川の源流は、三条市の南東、魚沼市との境界にそびえる烏帽子岳です。

この山に源を発し、川は町の中心部を流れ、やがて信濃川に合流しています。

アユやヤマメ、ウグイなどが生息し、秋にはサケが遡上する清流となっています。

 

しかしこの川は上流部では川幅が広いのに、下流部では川幅が狭くなっているため、大雨が降ると氾濫しやすい川でした。

ですので歴史的にも堤防の越水や決壊を繰り返してきたそうです。

 

ちなみに発音は「いがらし」ではなく「いからし」と呼ばれています。

この起源は、垂仁天皇の皇子である五十日足彦命(いかたらしひこのみこと)に由来するとか。

三条市下田地区周辺はこの皇子が開拓し、その子孫が「五十嵐(いからし)」を名乗ったためと伝えられています。

そしてもちろん福顔酒造の銘柄のひとつ「越後五十嵐川(えちごいからしがわ)」は、この川に因んでおります。

 

清流と濁流という二面性を持った五十嵐川。

三条市はこの河川の水に恵まれて、コメをはじめ多彩な農産物の産地としても発展をしています。

 

福顔酒造の理念

福顔酒造の初代である小林正次氏は、この土地の豊かなコメを使い「飲んだ人が福の顔になる旨い酒を造る」との志を実現するため、1897年に「宇寿屋」の屋号で酒蔵を創業しました。

そしてこの小林正次の教えは小林家の家訓として伝えられ、現在に至るまで代々、日本酒造りの根本精神として受け継がれています。

この福顔酒造の家訓とは、「福顔の酒で、福顔の人をつくる。笑う門には福来たる。」だと言うことです。

福顔酒造のシンボルは、七福神の一人である恵比寿様のこと。

目を細めて、ニコニコ笑うふくよかな顔のことを“恵比寿顔”と言いますが、これは幸せの象徴であり、初代が目指したまさに“福顔の人”でしょう。

 

恵比寿様は、大国主命の御子と伝えられています。

「大漁追福」や「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、漁業や商業や農業の神様です。

恵比寿様の顔は、福顔酒造のシンボル・マークとして、甕や瓶に使われてきました。

飲むと福を呼び、至福の時を提供するお酒、飲んでニコニコ顔の恵比寿顔になるお酒こそ、福顔酒造の日本酒なのです。

 

そして福顔酒造がこだわり、造り続けている日本酒の特徴は、ほのかな甘みとやわらかな酸味が調和しているお酒です。

そこにはふくよかな香りと飽きのこない旨みがあふれています。

 

精米歩合と表記の関係

 

福顔酒造では全国でも良質で知られる、地元産「五百万石」、「越淡麗」と兵庫県産「山田錦」を使用しています。

特に高級酒には、山田錦の最高峰である「兵庫特A地区産山田錦」を40%まで磨いて醸造し、上品な旨みと香りを引き出しています。

 

近年では契約農家の田んぼで育てた酒米を主体に使用しています。
契約農家は酒蔵の周囲にあることから、自らも積極的に田植えや稲刈りに参加しているとのこと。

このようにこだわりのコメで醸す酒は必然と純米酒になるんだとか。

 

また2007年から本格的に栽培されてきた「越淡麗」での酒造りも順調のようです。

越淡麗は山田錦と五百万石を掛け合わせた酒米として、研究開発されました。

この酒米を使うと、柔らかくてふくらみがある味わいになるのが特徴です。

近年ではそんな越淡麗を十分に収量をまかなえるようになり、現在では契約栽培の越淡麗を100%使用するほど多くの酒を醸せるようになりました。

搾りの工程

搾りの工程

そんな福顔酒造の、おくゆかしさが伝わるエピソードがあります。

この蔵では、精米歩合を60%以下にしているのにその表記をしないことです。

通常であれば「吟醸酒」と言える酒をあえて「本醸酒」として販売します。

ましてや全量純米も可能であるのに、あえてそれを行わないというではないですか。

 

とあるメーカーは、吟醸クラスを大吟醸と名乗る恥知らずの行為をしています。

非常に安価なコメ(酒米ですらなく飯米)を使い、ギリギリの磨きをして一段上のクラスの表示をしているというのに!

 

しかし福顔酒造は、実際の規格よりもワンランク低い値段設定をしているのです。

だからコストパフォーマンスが良く、飲んだ人のうわさが広がり、酒を飲むと思わず笑顔になってしまうのでしょう。

これこそまさに福顔酒造が誇る点であり、ユニークな点ではないでしょうか。

 

水へのこだわり

 

五十嵐川の二面性については先に述べたとおりです。

この川は川幅が狭いため、急流となります。

そのため水が澄んでおり、清らかな超軟水です。

福顔酒造では、この水を緩速濾過という方法で浄化し、水を使用しています。

この方法では、一切薬品を使わず、細かい砂の濾過層にゆっくり原水を通す、安全な水を造る濾過法です。

このような水は清らかな湧き水に近い自然水の美味しさを保っており、まさに福顔酒造のまろやかな優しい味の原点となります。

麹作業

麹作業

一昔前は、軟水では醗酵力が弱く、良い酒造りが出来なかったとされてきました。

ですので、昭和以前において新潟は酒どころでは無かったのです。

三条市にはいくつかの酒蔵が存在していたようですが、福顔酒造を除いていずれも廃業してしまいました。

それでもひたむきに、この酒蔵は超軟水と向き合い、辛抱強く努力を重ねてきました。

 

昭和前期になると、田中哲郎などの活躍により、軟水でも美味い酒を造る方法が確立されていきました。

それ以来、新潟での酒造りが脚光を浴び、同時に福顔酒造の技術力も向上していきました。

その結果、この蔵は三条地区で唯一生き残ることができたのです。

 

時代に合わせた経営

 

2000年代になると福顔酒造は、日本酒の輸出の増加に伴い、海外展開に力を入れていきました。

東南アジアを中心に、アメリカやヨーロッパなど各国に輸出を行い、世界でその味が高く評価されています。

燕三条の金属が世界に羽ばたくと同時に、この地域の酒が多くの方に見染められたのでしょう。

また三条市やジェトロなど公の輸出戦略にマッチしたことも挙げれるでしょう。

 

福顔酒造は海外でも受け入れられるよう、日本酒をベースにしたリキュールやウィスキー樽で貯蔵した日本酒など世界を視野に入れた新商品を開発していきました。

その結果、輸出先国を約10カ国まで拡大しました。

特に台湾での人気は高く、台北の高級店でその姿を見ることができます。

他にも香港やマレーシアなど、輸出実績のない国からの引合いが増加し、海外販売比率が30%まで拡大しました。

今後もコロナ禍を経て、ユニークな商品で新たな日本酒の在り方をリードしてくれることでしょう。

斗瓶詰め

 

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