池田屋酒造(株)

地域 上越
代表銘柄 謙信
住所
新潟県糸魚川市新鉄1-3-4  Gooleマップを見る

池田屋酒造は新潟県糸魚川市の街中に位置する酒蔵です。

代表銘柄は地元の英雄である上杉謙信を由来とした「謙信」。
芳醇にして綺麗な甘みが際立つ酒として人気が上昇しています。

 

周囲の自然環境

池田屋酒造が蔵を構える糸魚川市は、新潟県の最西端に位置し、北には日本海、南には3000m級のアルプスの山並みが広がっています。
また日本列島の東北と西南の地質的境界であるフォッサマグナ線が走り、日本で初めてユネスコが定める世界ジオパークに認定されています。

日本アルプスは、日本の屋根と呼ばれ、新潟県、長野県、富山県、岐阜県、山梨県、静岡県と後半にまたがる3つの山脈の総称です。
その山脈のひとつである北アルプスに標高2932mの白馬岳があります。
谷には冬場の積雪と雪崩によって作られた日本最大の万年雪の塊である白馬大雪渓が形成されされます。
雪渓の上部は夏期になると高山植物の花畑が広がり、日本百名山、新日本百名山、花の百名山、新花の百名山など多くの名山に選定されているほど景色が良いとか。
またこの山の周囲には多数の温泉があり、それらを目指して夏季にはたくさんの登山者が訪れます。

その白馬岳を源泉として一級河川の姫川が、日本海に向かい流れます。
水質ランキングで何度も1位を取ったきわめて清らかな川です。
標高2,000 mを超える山々から、比較的短い距離で日本海に流れるため、非常に急こう配になっており、川の流れが早くなっています。
このため地すべりや土砂災害が絶えず、道路や鉄道が不通となることがたびたびあるほどです。
古の昔からよく氾濫を繰り返す川だったため、嫌うを意味する「厭(いと)う」が変化して「厭い川」となり、糸魚川の名のルーツになったという説もあります。

地域の歴史と上杉謙信

糸魚川を含め越後は、鎌倉時代より上杉家が統治しておりました。
なかでも上杉謙信は、戦国時代の大名で屈指の戦上手とされ、その神がかった戦績から後世、「軍神」や「越後の龍」などと称されました。
特に武田信玄、北条氏康、織田信長、越中一向一揆らとの合戦は有名です。
後に宿敵と呼ばれる武田信玄とは5回にわたり川中島にて戦いました。
特に、この糸魚川の地域は、越中、信濃との境界となり越後を守備する前線基地となっていました。

 

謙信は内乱が続いていた越後を統一し、武力だけではなく、産業を振興して国を繁栄させました。
当時の物流は、人力や馬車がありましたが、一度にたくさんのものを運ぶのに、船による海上輸送が重要でした。
もともと上杉家は大きな石数を蓄え、豊かな財政事情に支えられていました。
さらに謙信は直江津と柏崎という大きな湊を押さえ、船荷に関税をかけていました。
また着物に使うための植物の栽培や、日本海にて塩を製造するなど商売を発展させ、貿易を奨励し、多くの関税を徴収したと云われます。
これにより財政は武田信玄や北条氏康、長曾我部元親、伊達政宗よりも上と言われています。

謙信が現在も、地元から愛されて言えるのは、その性格にもあります。
途方もない財力を持ちながら、生活は質素で倹約に努めていたといいます。
また他国から救援を要請されると、かけつけ助太刀に入ったという話は多くあります。
義理堅く、信仰心が熱く、無駄な殺生をせず、降伏したものは味方につけるという人心掌握にも長けていたといいます。

上杉謙信が川中島の合戦の時に、武田信玄に塩を贈った話は美談とされ「敵に塩を送る」と今でも造語として語り継がれています。
どんな敵であろうと、飢えて困っていれば助けるのが人の義として、謙信は甲斐の国に塩を送ります。
その道を「塩の道」と言い、出発点である千国街道沿いに池田屋酒造は建っています。

仕込み水の確保

池田屋酒造の創業は江戸時代である1812年と実に200年の歴史を刻んでいます。
酒名である「謙信」の由来は、越後の武将上杉謙信が、武田信玄に塩を贈ったと美談の残る千国街道沿いに酒蔵があることから令名されました。

酒の命とも言われる仕込み水は、日本アルプス白馬岳を水源にする姫川の伏流水を使っています。
井戸から汲み上げるその水は、きめ細かく奥行きがあり、後口が爽やかです。
淡麗で中口の味わいは、こうした自然背景によって育まれています。

しかしフォッサマグナという特殊な地域のため、水には多くのミネラル分を含んでいます。

このため水の硬度は中硬水となります。
新潟の酒の特徴である淡麗な味を醸すためには、軟水が適していると言います。
そこで姫川の伏流水を濾過し、さらに浄水システムを組み込み、硬度1の軟水になるまで調整して仕込み水にしています。
こうして作り出される水は、きめ細かく奥行きがあり、後口が爽やかと言います。

池田屋酒造の酒造り

酒の製造にかかわる人々は、夏場は米を育てる農家として、冬場は酒造りを行う蔵人として働く兼業農家が多いと言います。
蔵人は「五百万石」と「越淡麗」といった酒米を栽培しています。
「越淡麗(こしたんれい)」とは、新潟県が誇るオリジナルの酒造好適米で、山田錦と五百万石の長所を併せ持つ、きわめて優れた酒米の新品種です。
特徴は大粒で玄米タンパク質含有率が低く40%以上の高度な精白にも耐えるのだそうで、日本屈指の酒米になるのではないかと期待されています。
まだ開発されて年月が浅いため、各農家は手探りでこの稲を育てます。 

 

米はその年によって、出来具合が変わってきます。
しかし池田屋酒造の蔵人らは、その年の米の出来具合を知り尽くしているので、誰よりも米の扱いに長けているところがこの蔵の強みと言えます。
製造においては、昔からの手造りを大切にしています。
近代的な設備はなく、柔らかい味わいを大事にするため今も和釜と甑を使っています。

量を造ると質が落ちるといわれるこの酒造業において、この蔵は600㎏から2tの小仕込みで、目の届く範囲で酒造りを行っています。
決して品質を落としません。
麹については、床麹法を基本とした手造りを行っています。
また貯蔵における温度管理を充実しています。
特定名称酒はサーマルタンク貯蔵、冷蔵管理による瓶貯蔵と温度管理を徹底しています。

地元ファンと今後のチャレンジ

池田屋酒造では特定名称酒と普通酒の製造割合は半々ですが、販売先は6割が地元だといいます。
多くの酒蔵は、高齢化やし好の多様化により地元での消費量は減少しています。
特にこの糸魚川地区には狭い地域ながら5つの酒蔵を擁する酒蔵密集区です。
その状況の中、地元に根強いファンがいることは、酒蔵にとって大きな強みとなり、この蔵が地元愛をしっかりとつかんでいると言えるでしょう。

池田屋酒造では、長く淡麗辛口の酒造りが定着していました。
しかしそんな中、平成21BY(醸造年度)から新しい酒造りに挑戦し始めました。
「私たち自身が飲みたいお酒を造ろう」との思いから、淡麗から豊潤な味わいのする酒に切り替えていきました。
またメインである普通酒よりも、純米系を主体に製造する体制にも変化を遂げていきます。

人々の望む味は時代によって変化します。
池田屋酒造では、地元糸魚川の人たちの好みが、どのように変化しているのかを考慮しています。
飲み手の変化に気づき、それに対応して酒の味を変えていく謙虚さがこの蔵にはあるのです。
往々にしてメーカーはプロダクト志向に陥り、自社が造った製品にほれ込み、消費者の意見を無視することもあります。
しかし池田屋酒造はあくまで地元の声を聞き、その趣向に合わせた酒造りをするので、販売先の多くが地元という結果になるのでしょう。

さらにこの蔵では新たなチャレンジに励みます。
それまで一切造ってこなかった、無濾過原酒タイプの醸造を開始しました。
本来ろ過する部分には、雑味がありあますがうま味成分も多く含まれます。
無濾過タイプでは、雑味とうま味が混然一体となった複雑な旨さが楽しめるのです。
まさにこの蔵の新しい基軸にあった挑戦と言えるでしょう。
今までの謙信より、さらに旨みが豊かな幅のある味わいです。
これらのチャレンジにより、より様々な味の謙信が楽しめるようになりました。

今では「謙信」の味わいは豊潤な旨味を特徴とした酒として、地元での人気が高くなっています。

受賞歴
2007年 全国新酒鑑評会金賞受賞
2008年 全国新酒鑑評会金賞受賞
2009年 全国新酒鑑評会金賞受賞
2010年 全国新酒鑑評会金賞受賞
2011年 全国新酒鑑評会金賞受賞
2012年 全国新酒鑑評会金賞受賞
2013年 全国新酒鑑評会金賞受賞
2015年 全国新酒鑑評会金賞受賞
他にも多数受賞歴あり

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外部リンク

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