(株)丸山酒造場

地域 上越
代表銘柄 雪中梅
住所
新潟県上越市三和区塔ノ輪617  Gooleマップを見る
URL
https://maruyama-shuzojo.jp

新潟県上越市三和区塔ノ輪、真定寺山と呼ばれる山の麓に丸山酒造場はあります。
日本海までは直線距離で約10km、三国山脈を背に高田平野の広大な水田がひろがっています。

地域の環境

冬の妙高山

高田平野からは、標高2400メートルを超える妙高山、火打山、焼山の頚城三山が望むことができ、さらに南側には高い山脈がそびえ立ちます。
この山域は国立公園として特別地域の指定を受けており、日本三百名山の一つに選定されています。
山の大部分は日本の大陸を大きく捻じ曲げたフォッサマグナにより形成されたといいます。
その登山道は絶景で、多くの登山家が訪れるといいます。

それらの雄大な山脈に積もった雪が水脈を作り、日本海に流れ出ます。
丸山酒造場の位置する場所にも小河川である桑曽根川が流れ、やがて大きな関川と合流し、日本海に流れ出ます。
この地区には他にも大小さまざまな河川や、その水脈から派生した池がたくさんあり、一目で水に恵まれた土地であることを伺わせてくれます。

周辺地域には、上杉謙信の居城であった「春日山城」や松平忠輝の城下町「高田」を中心とする町並みがあります。
一般的に城や城下町の周囲では、その城主の管理下のもと野党の心配をせず、農民は安心して農作物を造ることができました。
新潟と言えば雪が多いイメージですが、この地域は平野が広く、雪はそんなに多く積もりません。
ですので住みやすさも築城の場として適していたのかもしれません。
さらに上杉謙信は鉄壁の守りを誇っていたと言われているので、長きにわたり米の収穫ができ、農業が発展していったのでしょう。
ちなみに近隣にある吉川町は、新潟県で最大の酒米の生産地として有名な町として発展しました。
相対する武将に武田信玄、前田利家、織田信長、北条氏政、柴田勝家などそうそうたる強者に対しても春日山城は難攻不落だったようです。
謙信は農業と貿易の活性により、領国内を豊かにしたと言われており、今でもこの地域では熱烈なファンが多いのです。

上杉謙信像

他の歴史を紐解いても、この地域は早くも、聖徳太子が生きた7世頃には既に人々が居住していたようです。
32基から成る横穴式石室をもつ古墳群が、それを証明しています。
南北朝時代になると南朝側の城の支城が建設されていました。
無論、戦国時代には春日山城の支城として重要な役割を果たしています。
その際には春日山から関東へ通じる三国街道の関所の役目を果たしていたそうです。
敵の攻撃を防ぐ本丸の土塁などが残されており、現在は遊歩道として整備されています。
江戸時代になると、高田城の守備の拠点として代官所が創設され、幕府の土地として支配されていました。
丸山酒造場は、このような文化と歴史が融合する三和区にこだわりを持っています。

丸山酒造場の技術力

全国には杜氏が主催する組合があり、酒造りの技術指導や伝承を行っています。
最大の規模は岩手県の南部杜氏と言われ、越後杜氏もそれに続く大きな規模と言われています。
さらに越後杜氏はいくつかの流派に分かれています。
三大流派として名高いのは、三島杜氏、刈羽杜氏、そしてこの地域を拠点にした頚城杜氏です。
よって、この辺りには酒造りの技術力や知識を兼ね備えた人材が多く、他よりも秀でた酒造りが可能となったのです。

丸山酒造場の創業は1897年ですが、それ以前の当主は麴づくりを生業とした麹屋であったと言います。
その人気は高く

釜による蒸米

長野県まで販売網ができたほどとの伝えがあります。
その歴史から、現在でも麹造りを重要視して、手間がかかる「蓋麹法」と「箱麹法」による麹造りを行っています。

「蓋麹法」では、蒸した酒米に種麹をつかせて、木製の小蓋や箱に分けて棚に積みます。
積み替えを行いながら、およそ46時間で枯らしと呼ばれる麴菌の成長を止める重要な作業を行います。
この蔵では温度を均一にするため、麹蓋の底は中央が盛り上がるよう麹蓋にひと工夫がされています。
酒造を開始する前からの知恵が見事に伝承されているのです。

またこの蔵では、原料米にどれだけ水を吸わせるかという部分に着目し、重要視しています。
酒米はその年や時期に応じて吸水率や浸漬時間が変わります。
より均一に、正確な時間で米に水を吸わせるため、また産地や年ごとに違う米質にいち早く対応するために独自に開発された洗米装置があるとのこと。
分析されたデータを蓄積することで、可能になった技術だとか。
このように歴史を受け継ぐだけではなく、進歩のために必要な技術の導入を欠かしません。

最近では、世界有数の豪雪地帯である地域の雪室で熟成させた「雪中梅 雪中貯蔵 純米原酒」に挑戦をしました。
2020年には第14回フェミナリーズ世界ワインコンクールで最高賞となる金賞を受賞しました。
同コンクールは、女性ソムリエ、女性醸造家、女性ワインジャーナリスト、女性シェフなど、世界の女性ワイン専門家がブラインドで審査をする、ユニークな国際酒類コンペティションです。
世界中から出品される、ワイン、リキュール、そして日本酒をプロフェッショナル達がパリで厳正な審査を行います。

雪中梅の味と魅力

日本海側である新潟は、冬になると曇天が続き、日光に照らされにくいため非常に冬を長く感じます。
そのため春は待ちわびた季節で、人々の心が和みます。
この時期に咲く梅の花のように、飲み手を和ませたいとの想いから「雪中梅」という銘柄を昭和初期に付けました。

新潟には約90場の酒蔵があり、それぞれ独自の製法や味を誇っています。
地域ごとの特色は違いますが、大半において新潟の酒の味は淡麗辛口となっています。
しかし雪中梅の味は、一口で言うと「甘口」の酒です。
創業時代には、周囲は農村地帯であり多くの人々が農民として働いていました。
肉体労働のあとに疲れを癒すには甘口のほうが旨く感じるのではないかという考えがありました。
また少量でも満足できるような飲み応えがある味が良いという考えの下、雪中梅の味の方向性が決まったといいます。
さらに酒代で客の家計が苦しくならないようにできるだけ割安な価格で提供したいと考えたようです。
清酒1升は大工の日当よりも高価だったと言いますから、現在の価値でいうと1万円くらいでしょうか。非常に高いものだったのですね。
それゆえ高級酒よりも普通酒に力を注ぎ、現在でもそれを踏襲し、製造量の75%は普通酒が占めます。

この「甘口」の味こそが雪中梅の魅力であり、長年に渡りファンを獲得してきた背景です。
以前には加糖をして、最大限に自然な甘味が味わえるよう酒を調整していました。
しかし2006年の酒税法改正により、加糖が認められなくなり、その後は無糖による甘味の探求を追い求めています。

甘口と言えど、砂糖のような甘味は一切なく、淡麗で雪解け水のようにするっと口に滑り込むような飲み口です。
甘口ですが、キレが良いため重く感じません。
焼き鳥や揚げ物の脂も洗い流してくれるような酒です。
地域の特産品である、野沢菜の漬け物、粕汁、たらこの糀漬け、キスのフライ、タイのお造りなどとの相性は抜群。
お酒も食事も止まらなそうな食卓になりますね。

坂口謹一郎博士と発酵食品・お酒を楽しむ列車

坂口 謹一郎は発酵や醸造に関する研究において世界的権威の一人で、「酒の博士」として知られています。
文化勲章や勲一等瑞宝章などを受賞し、日本の酒文化についてまとめた著書を残した文化人でもあります。
彼は研究により、裁判で検察調書を否定するなど、映画さながらの武勇もあるとか。
上越市では郷土が生んだ世界的な発酵学者である博士の功績を語り合う宴会が、毎年催されています。
毎年、博士が愛した囲炉裏の間を再現した記念館で行われていました。
2020年はCOVID-19への対策として、広くゆったりと間隔を取った特別列車で行われたとのこと。
上越の発酵食品と地酒を楽しみながら、直江津-糸魚川の間を2時間ほどで往復する旅だそうで、もちろん雪中梅もこの企画を応援し、酒も提供をしています。

今後も淡麗で甘口な味わいがどのように進化していくのか見守りたいと思います。

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